伝え方のヒントブック
学習編:
コミュニケーションは「意識化」と「トレーニング」
“アサーティブチャンス”はいつでもやってくる
職場やプライベートの日常の場面で、自然にアサーティブな行動がとれるようになるためには、普段から自分のコミュニケーションのあり方を「意識化」することが、一番の近道です。
自分に余裕があり、人間関係の摩擦や葛藤がないときは、アサーティブな振る舞いをすることも難しくありません。しかし、利害が対立する局面や、思わずカチンときた時、または「なんでわからないの!」と腹を立てたり、「一方的に批判された」と感じて傷ついたりする場面で、私たちは一番“なじみの行動”をとってしまいます。つまり、攻撃的に出る、沈黙する、作為的になる、です。
その時が、“アサーティブチャンス”だと思ってください。
アサーティブチャンスがやってきたときに、自分の中の「攻撃」スイッチのボタンを押しそうになったら、「おっと、ここはアサーティブチャンスだ」と考えて、一呼吸置き、アサーティブなボタンを押してみて下さい。
たとえば、忙しそうな上司に、一人で抱え込むのではなく、「ぜひ相談の時間を取っていただけないか」と率直にお願いする。後輩に、「なんでできないの!」とキレそうな場面で、「やり方が分からないなら、もう一度教えるよ」と話してみる。
要は、自分の反応や行動の仕方は自分で選ぶ、という所に立ってみるのです。「相手が〇〇だから自分が△△なのだ」、ではありません。相手が自分を△△させていると感じている限り、相手に振り回され続けることになりますが、どんな時にも自分の行動は自分が選ぶと腹をくくることができれば、自分も相手も責めることなく対応することができてくるでしょう。
こじれた人間関係も小さな一歩から
これまで頭を抱えてきた難しい人間関係を、よし、アサーティブを使って何とかしてやろうと思う人もいるかもしれません。
しかし、こじれてしまった人間関係を一気に解決するのは不可能です。ほとんどの場合、一つひとつはちょっとした気持ちのすれ違いや言葉の誤解だったとしても、今の関係になるまでに、小さな問題が積み重なった結果難しくなっているからです。それは、複雑にからまった糸をすぐにはほどけないことと似ています。
5年かかってこじれた人間関係であれば、2,3年かけて、少しずつ、コミュニケーションがとれるような関係に修復していかなくてはなりません。人と人との関係は、壊れたからといって、機械のように「すぐに直す」とか「取り替える」というわけにはいかないのです。
アサーティブは、心と言葉のトレーニングです。こじれた関係を修復することを、フルマラソンに参加することだと考えてみましょう。それまで全く走ってこなかった人がフルマラソンに出るとすれば、まずは5キロくらいからトレーニングを始め、少しずつ距離を伸ばしながら徐々に体を慣らしていきますよね。
アサーティブもそれと同じです。小さなことをアサーティブに伝えることができるようになるにつれ、少しずつ自信がつき、勇気も出てきます。その結果、大きな問題やこじれた人間関係にもとり組むことができる体力も自信もついてくるのです。急ぎたい気持ちを我慢して、まずは、問題が小さなうちにアサーティブに振る舞えることを目指しましょう。
「継続は力なり」です。そうするうちに、やがて、あなたが本当に何とかしたいと思っている大事な人間関係や大きな課題にも、アサーティブに向き合う準備ができてくるでしょう。
自分から一歩を踏み出す
誰かが「やってくれない」「わかってくれない」と嘆くだけでは、自分にとっての大きなストレスとなるだけです。自分なりにできることはやってみたと、自分のなかで納得できることで、自分の中が楽になってきます。
「言わなくてもわかってほしい」という「待ち」のスタンスから出て、「自分は何を望んでいるのだろうか」を考えてみるのです。
その際には、次の3点を確認するようにしてください。
- 相手に伝える事実は客観的なものか(思い込みや決めつけはないか)
- 自分の気持ちに、攻撃的な感情や責める気持ちが含まれていないか
- 自分だけが満足するような要望になっていないか、結果は双方が満足するものか
人間関係はすぐには変わりません。しかし、自分を大切にすること、相手を尊重すること、あきらめず粘り強く問題解決に向き合っていくことが、長期的には、自己信頼にあふれた自分と、アサーティブな人間関係を生み出していくことになるでしょう。
人間だけが「話し合い」を選べる
最後に。
アサーティブなコミュニケーションを学ぶことで、むしろ、これまであいまいにしていたことが明確になり、実際には「通じない」し、「本当に理解しあうことは時間のかかるとても難しいプロセスだ」という現実にぶつかるかもしれません。
「通じない」体験をすると、私たちはすぐに「こっち側」と「あっち側」に分けて、あたかも“相手は敵である”と思うようになります。例えば「相手は上司」で「自分は新人」、「相手は専門職」だけど「自分は一般職」などです。
そのような対立構造に入りこみ、あきらめそうになったとしても、「話し合い」という選択肢を最後まで捨てないことが、アサーティブな姿勢です。
相手のせいだと攻撃することも、どうせ無駄だとあきらめることも簡単です。しかし「話し合う」ことには、努力も忍耐も必要ですしエネルギーも時間も使います。それでも、話し合うと
いうこと抜きに、お互いの理解には到達できません。
勝つために攻撃したり、相手をやっつけたりするのではなく、また反対に、負けて卑屈になったり、自分の尊厳をないがしろにして黙ったりするのでもなく、相手のことも自分のことも大切に思って、勝ち負けではない話し合いをしながら問題解決していくことは、可能なのです。
葛藤することも傷つくこともないコミュニケーションは、アサーティブな関係を生み出すどころか、「イヤならつき合わなきゃいいじゃない」的な、表面的、機械的な関係しか生み出しません。ときには相手に踏み込みすぎて傷つけてしまうこともあるでしょう。どんなに言ってもわかってもらえないもどかしさを感じることもあるでしょう。それでも、「話し合う」という選択肢を最後まで持ち続けていっていただければと思います。