伝え方のヒントブック
学習編:
「No」を上手に伝えるコツ
「No」を伝えられないことはデメリットが大きい
相手の気持ちを優先して、その場で自分の気持ちを飲み込んでしまう。無理な要求でも断れない。上司も忙しいからと、自分の要求を二の次にして仕事を引き受ける。後輩や部下が相手でも、自分のネガティブな気持ちを伝えることができない……。
そんなふうに自分の「ノー」の気持ちを表現できないでいると、そのストレスは必ず体や精神状態に表れてきます。胃痛や頭痛などの症状となって表れることもあれば、怒りっぽくなって後輩や上司に声を荒げてしまう、などということもあります。
はっきり言わないために問題が放置され、周囲の人間関係にまで影響が及ぶなど、「ノー」を言わない(言えない)ことの代償は大きいものです。気持ちをあまりにも押し殺していると、家でも家族との会話が少なくなったり、眠れなくなったりして、深刻な結果を引き起こしかねません。
「ノー」を言うのか言わないのかだけでなく、「ノー」の“言い方”についても注意が必要です。
上司から無理な仕事を頼まれた時に、「ムリです!」と攻撃的に伝えることは、かえって相手の反発を招き、関係を悪化させる原因となります。はっきり言わずに態度から察してもらう、周囲の人に言ってもらうなどの間接的な伝え方になると、こちらの意図や主張が伝わらず、誤解を生む結果になるでしょう。
アサーティブに「ノー」が言えない理由には、大きく分けて二つあります。
「断ってはいけない」という思いこみや自分の気持ちを決められないという“言葉に出す前の理由“、そして「ノー」の言い方がわからない、という“スキルの問題”です。
最初の二つ、「断ってはいけない」という思い込みや自分の気持ちを決めるための優先順位づけについては別のところでお話しするとして、ここからは人間関係を悪化させることなく、「ノー」を上手に伝えるスキルについてご説明していきましょう。
まずは相手の気持ちを受け止める/相手の依頼を正しく理解する
多くの場合、相手は善意から誘ったり、良かれと思って何かを依頼したり、困っていてお願いしてくるなどの場合がほとんどです。あなたをわざと困らせようとか、悪意から何かをするというのは、むしろまれなことです。
なので、最初のステップは、相手の依頼や誘いの内容を正しく理解して、自分の言葉で確認することです。
「そうですか、本日中の書類の作成が必要ということですね」
「これについては、急ぎだということですね」
「仕事の打ち合わせもかねてのランチということですね」
などです。
その時に、相手の善意や思いやりも、丁寧に受け止めてください。
「誘ってくださるのは大変嬉しいです」
「せっかくのチャンスなので、できればご一緒したいのですが」
相手の気持ちをまずは受け止めることで、攻撃的なノーを避けることができます。
最初から、「無理です」「できません」と結論だけ伝えるのは、攻撃的に受け止めらます。こちらは思い切って言ったつもりでも、相手にとっては自分をバッサリ否定されたと感じるリスクが高く、人間関係を揺らがせかねません。
前向きなノーにするのであれば、相手の気持ちに対して「イエス」を伝えることから始めます。
何が「ノー」なのか、的をしぼる
相手の依頼やお願いに対して自分の何がノーなのか、「ノーの的」を絞ります。
たとえば、頼まれた時間(退社ぎりぎり)が問題なのか、仕事の量が問題なのか、〆切りまでの期間が短すぎるということなのか、それとも「今日」という日が問題なのか。それを明確にすればするほど、その後の交渉がしやすくなります。
以前、「友だちのお芝居の誘いを断りたい」という人に「何がノーなのですか」と聞いたところ、「出ている役者さんが好きじゃない」という答えが返ってきたことがあります。ならば話は簡単です。その役者さんではないお芝居にするか、映画に変えてもらうなど、代替案はいくらでも考えることができます。
これは大切なプロセスですので、時間がかかっても自分の心に正直に、誠実に聞いてください。ノーの的を絞ることは、とても大切です。急ぐ必要はありません。
もちろん、その場では相手の依頼をいったん引き受けて、そのあとじっくりと、ノーの理由を考えることでも大丈夫です。
「ご依頼の内容は理解しました。一晩考えて、改めてご相談をさせていただきます」
「そうですか、明日の夕方ということですね。内容をまずは確認して、どのような対応が可能か考えたいと思います。少しお時間をいただけますか」
大切なのは、自分に対して誠実になること、です。
相手に対して誠実になる前に、自分自身の心に問いかけてください。
自分はできるのか、できないのか、行きたいのか、行きたくないのか。
それが明確になれば、相手に対して誠実になることも難しいものではなくなってきます。
お互いにとって良い代替案を出す
相手も理由があって依頼をするのですから、「できません」と断るだけでは問題解決になりません。できなければどうすればいいのか、自分なりの判断と解決法をしっかりと相手に伝えて交渉をする必要があります。
可能な方法は何か、代替案を考えて相手に提示することも「ノー」の適切な伝え方です。
これは、「ノー」と言うことが、実際には自分にも相手にもより良い解決策であるということを示すことにもなります。なので、代替案は前向きで、現実的な内容になるようにしましょう。
「明日の午前中に、丁寧に仕上げたいと思います」
「月に2回くらい、時間をとってゆっくりランチを食べるというのはどうでしょう」
また、私たちは、相手への申し訳なさや居心地の悪さから、言い訳をたくさん並べてしまうことがあります。
「行けないわけではないんだけど、仕事がたまっていて最近疲れているんだよね、それからちょっと車の調子も悪くてさ…」。
こんなふうに延々と言い訳が続くと、相手も「いったい、どっちなの?」とうんざりしてきます。
アサーティブな「ノー」は、自分の言い訳を理解してもらうことよりも、自分の意思を伝えることを優先します。自分が大切にしている理由を含めて、なるべく簡潔に、そして率直に伝えるのです。
「今回は、家族と過ごすことを優先したいの。だから旅行は遠慮しておくね」
「あと半年は、新人指導に力を注ぎたいのです。なので、その間に自分が研修に出ることは、避けたいと思っています」
はっきりと、明確に自分の意思を伝えることで、相手はこちらのノーを理解しやすくなるのです。